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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)259号 決定 1970年9月09日

抗告人

土木田勲

代理人

西田健

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。本件を浦和地方裁判所に移送する。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は、

「一、本件破産申立事件は、破産法第一〇五条により債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所の専属管轄に属し、その管轄原因の存否は、本件破産申立の時を標準として決定されるべきものであるところ、本件債務者の破産申立時(昭和四四年三月一〇日)の住所は埼玉県川口市芝三、一九八番地の一一北岡方であつたから、その普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所は浦和地方裁判所である。

二、しかるに、原決定はこの点を看過し、債務者の現在の住所のみを考慮して本件移送決定をしたものであつて、右決定は前記専属管轄の規定に違反する。

よつて抗告の趣旨のとおりの裁判を求める。」というにある。

よつて按ずるに、破産法第一〇五条は、破産事件の管轄につき、

「破産事件は債務者が営業者なるときはその主たる営業所の所在地、営業者に非ざるとき、または営業所を有せざるときはその普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所の専属管轄とする。」と定めており、その管轄決定の時期は、破産法第一〇八条により準用される民事訴訟法二九条により破産申立の時を標準とすべきこととなる。そこで、まず、原裁判所が本件破産申立事件につき管轄権を有するか否かを検討するに、右破産申立事件の債務者である本件抗告人は、かねて東京都中央区八丁堀に営業所を設けて鉄鋼材料の販売業を営んでいたものであるが、原裁判所に本件破産の申立がなされた昭和四四年三月一〇日当時にはすでに営業所を有しておらず、また当時の住所は埼玉県川口市大字芝三、一九八番地の一一北岡方であつたことが認められるから、本件破産申立事件は原裁判所の管轄に属していないというべきである。(原審は、本件破産申立の前後を通じて、抗告人(債務者)の生活上の実質的な本拠は千葉県市川市にあつた旨認定しているが、抗告人が当審において提出した住民移動届二通および住民票(いずれも写)によれば、同人は、川口市長に対し、昭和四三年一一月一六日付をもつて、同年同月四日旧住所たる千葉県市川市三―八―八から埼玉県川口市大字芝三、一九八番地信賀方へ世帯員全部の住所を移動した旨の、ついで昭和四四年二月七日付をもつて同年同月一日右三、一九八番地信賀方から同所三、一九八番地の一一樋爪荘へ転居した旨の各届出をなし、その後同年四月一四日にいたり、同日、かつての市川市内の住所とは異る、同市新田一丁目一五番一一号の現住所へ転入した旨の届出をなしている事実が認められ、右事実と原審における債務者(抗告人)本人の審問の結果とを併せ考えれば、本件破産申立がなされた当時の債務者の生活の本拠すなわちその住所は埼玉県川口市大字芝三、一九八番地樋爪荘であつたと認められる)

次に、右のとおり本件破産申立事件につき管轄権のない原裁判所のとるべき措置を考えるに、原裁判所としては、破産法第一〇八条により準用される民事訴訟法第三〇条第一項に基づき、右申立事件を管轄裁判所すなわち債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所へ移送すべきものであることはいうまでもないが、本件にあつては、債務者の普通裁判籍を定むべき同人の住所が破産申立後移送決定までの間に変動しているので、かような場合に移送さるべき管轄裁判所がいずれであるかを検討する。

まず、裁判所の管轄は起訴の時(本件の場合は申立の時)を標準としてこれを定めるとする前記民事訴訟法第二九条の法意につき考えるに、同法条は、訴訟手続の安定をはかるため、訴訟条件は終局的には口頭弁論終結当時に具備されなければならないとの原則の例外として、訴が提起された時点において、起訴のあつた当該裁判所に管轄権が認められるかぎり、その後の管轄原因の消滅変更によつては右受訴裁判所の管轄は失われないとするにあつて、当該規定自体管轄権の存否を確定するものでもなければ(したがつて、管轄違による移送の裁判が確定するまでに管轄原因が生ずれば管轄違の治癒を認めて差支えない。)、訴提起の時点における管轄原因から想定される当該事件の管轄裁判所、換言すれば、ある訴と右訴が提起されるべき裁判所との関係を恒定するまでの趣意を包含するものでもない。そして、破産法第一〇五条の第一次的土地管轄は、破産事件をめぐる利害関係人の公平と、破産手続の迅速適正な処理をはかる見地から定められているのであるから、管轄違による移送をなすべき場合に、破産申立当時単に債務者の住所が存在したというのみで、移送の裁判をする時点においてはすでに債務者と全く関連性を失つている土地を管轄する裁判所へ事件を移送すべきであるとすると、かえつて前記の管轄の定めの法意に背理することとなる。のみならず、本件の場合は移送された裁判所が本件破産申立事件につき新らたに右申立の当否の審理を開始するのであるから、実質的には再申立があつた場合と同様なのであり、もし本件につき申立がし直されるとすれば、債務者の現時の住所地を管轄する地方裁判所に申立てられるべきことはもちろんであるから、このような実質的見地からしても、移送の裁判をする時点において管轄原因の存する裁判所へ移送すべきものとしても、決して不当な結果を招来するものでないことが裏付けられよう。

そこでこれを本件についてみれば、一件記録によると、抗告人(債務者)の住所すなわちその普通裁判籍の所在地は、昭和四四年四月一四日以降現在まで千葉県市川市新田一丁目一五番一一号雪渓園であることが認められるから、右を管轄する地方裁判所たる千葉地方裁判所が本件を移送すべき管轄裁判所に該当するものとして、本件を右地方裁判所に移送するのを相当と思料する。

とすれば、理由を異にするが右と結論を同じくする原決定は結局相当であつて、本件抗告は理由がないから棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(古山宏 川添万夫 秋元隆男)

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